ジョジョの名言(ラスト)

無駄×138
ジョジョの奇妙な冒険第5部:「グリーンデイ」と「オアシス」より。


今まで何度か「ジョジョの奇妙な冒険」の名言の事を書いてきたんですけど、これが最後と言う事で。


・・・って別に、特別な言葉でも無いというか単なる相手を倒す時の決まり文句な訳ですけど、何故この時だけ無駄無駄の数が異常に多いのかと。しかも敵を殴り倒す場面なんて一コマあれば足りる訳なのに、8ページも使ってひたすら殴りつけるというこの過剰な表現は何なのかと。最終的に清掃車に敵を叩き込んで見向きもしないですからね。


この無駄無駄超連打を喰らった相手はチョコラータ。このチョコラータは「元医者」「健康な人をわざと病気と診断し手術を行っているのも明らかになっているだけで4件」「麻酔を弱くして手術中患者を目覚めさせる事もやっていた」。何故そんな事をしていたかと言うと、「人の死を観察する時その好奇心が至上の幸福で満たされる」「その時全ての人間の優位に立っていると信じ…人生の心理まで理解できたと思っている。」からで、「14歳の時寝たきりの老人の介護を手伝い市から表彰されたことがあるが、その実は老人達に得体の知れない薬を飲ませるは、『誰も見舞いに来ない』など絶望的な言葉を耳元で毎日毎日言い続け自殺にまで追い込んでいる…自宅の本棚にはその時の老人の表情を記録したビデオテープが25本並んでいる」という人間。


作者の荒木飛呂彦氏は「悪者でも一生懸命生きてるヤツが偉い」と言い続けている訳で、「悪者」という点ではチョコラータも他の悪役と同じなんですよね。
と言う事は、チョコラータの人物設定の中に「悪者とかそういうレベルじゃない、許せない部分」があるからこそ際立って過剰に無様な死に様にしたと考えるべきですよね。
そう考えると「好奇心を満たすためだけに生命を弄ぶ」という部分が「許せない」領域なのだと考えるのが自然ではないでしょうか。悪事の中でも、悪い事だけども「意味は分かる」ものと「全く理解できない」物があるという主張なんだと思います。
分かりやすい例だと「お金は無いけどお腹が空いたから食い逃げ」という犯罪は、犯罪だけど理解はできますよね。余談ですけど、私はパン職人だった時にパンを万引きしたホームレス風の人を捕まえた事があるんですけど、かなり後味悪かったんですよね。「お手柄だ!」とか言われるのが凄く嫌だった。もちろんあっさり万引きされるのはもっと嫌ですけど(笑)。
そんな軽い例じゃなくても、荒木飛呂彦氏の中では例えば、「到底払いきれない賠償金を背負わされたから戦争を起こした」とか「本能の赴くままに(自主規制)した」とかも、おそらく「悪い事だけど意味は分かる」犯罪なんだと思うんですよね。重罰を与えられるべき犯罪だけど意味はわかるよと。
そうじゃなく「好奇心を満たすため」というのがダメなんでしょうね。「邪魔者は殺す」とか言うレベルもまだ「意味は分かる」の範疇なのかもしれない。
あと、「絶望する人間の顔を観ると至上の幸福で満たされる」というのもダメなんでしょうね。おそらくムスカが、世界の支配者になるためではなく好奇心を満たすために「人がゴミのようだ!」をやったら荒木氏激怒なんじゃないでしょうか。最後、ジョルノがくるっと背を向けて、清掃車にぶち込んだチョコラータの方を見向きもしない表現をはっきり描いている所からすると、「人間の尊厳を踏みにじる人間こそが最低の人間」であって、「そういう人間には、踏みにじるだけの尊厳すら無い」という事なんだと思います。
基本的には人間讃歌である作品で(多分)唯一ゴミ扱いされている訳ですからね。大体スタンドが「虫に寄生する黴」だもんなあ。こういう敵を描きたくなるほど怒りを覚える事件がこの時期にあったのでしょうか。それにしてもジョジョは第5部がやはり一番面白い。