あきらめ

FIFA女子ワールドカップ日本代表チームに、国民栄誉賞を贈る方向だそうで。


いくら凄いって言ったって一度優勝しただけで国民栄誉賞じゃあこれからオリンピックで金メダル取った人全部あげなきゃならなくなるじゃん。魁皇はどうなるのさ。被災者に勇気を与えたとか言うなら阪神大震災の年になんで誰も受賞してないんだよ。被災者の支えを基準にするなら自衛隊員に国民栄誉賞やれよ。
なんて事を考えていたら、11年前に高橋尚子が受賞してたんですね。う〜む。てっきり国民栄誉賞って死んだ人か引退した人がもらう物だと思ってました。あと国民栄誉賞って2001〜2008年がぽっかり受賞者がいなくて、この期間の大部分が小泉純一郎首相時代なんですね。小泉純一郎国民栄誉賞をあげた事が無い。あ、イチローにあげようとして断られた事があるのか。まあ「不人気首相の人気取りの手段」であるという分かりやすい証明ですね。
wikipediaを見ていて面白かったのが、内閣総理大臣顕彰のTAWARAさんの項の脚注に「高橋尚子国民栄誉賞を受けており均衡を図るため」って書いてあるんですよね。そうなると、既に内閣総理大臣顕彰を受けている魁皇が受賞する事はないわけか。実に政治的だなあ。昔の東スポプロレス大賞が全日と新日の選手交互に受賞していたような物ですかね。個人的には国民栄誉賞とかは果てしなくどうでもいいですけど、自分の欲求を満たしたいがためにここぞとばかりにしゃしゃり出る石原慎太郎が狂おしくウザいです。「パレードをやらないJOCはバカ!」って・・・ワールドカップはオリンピックじゃねえよ。せめてその区別くらいはつけようよ。「五輪招致運動に散々借り出されて練習不足のなでしこジャパン、五輪の切符を逃す」とかリアルに有りそう。



さて、「あきらめる」という話です。
この言葉の語源って「明らかにする」なんですよ。
だから、一般的に意味で使われているGIVE UPの意味の「あきらめる」は「まだ結果が出ていないのに、勝手に結果を出す」というニュアンスなんですよね。スポーツが一番分かりやすいですよね。まだ試合終了していないのに「勝手に『負け』という結果を出す」事ですね、有名な「諦めたらそこで試合終了ですよ」という言葉は「答えを出したらそこで答えが出ますよ」って言ってるわけですよ。
この事が理解できていると、「すっぱりあきらめろ!」という言葉と「最後まであきらめるな!」という言葉の折り合いが付くわけですね。


まだ公式な答えが出ていない物に対して、自分で勝手に答えを出してしまうのは間違い。 
もう既に公式に答えが出ている物に対して、いつまでも答えを出そうとし続けるのは間違い。


という事なんですね。多分。一応言っておきますけど、自分は言語学者でも何でもなく勝手にそう考えているだけなので、「それは違う!」とか言われても困ります。
じゃあ某国首相の場合はどうなのか。彼の場合辞意表明が公式な答えだったのか実に不透明だと思うんですよね。「一度辞めると言ったんだから辞める筈!」「一定の目処と言ったら普通は早期辞任を意味する筈!」という意見がびっくりするほど多くてビビってたじろいでいるんですけど、「放射能汚染問題に一定の目処」って事実上永久政権宣言じゃん。「この首相は何を考えているのか」って「自分のお誕生日(10月10日=辛亥革命100周年記念日)を首相として迎える事」しか考えていないに決まってるじゃん。
本当に首相を辞めさせる気があるなら、「そもそも最初の前提が間違っている」という事に早く気付くべきですよ。ヤツが「辞める」と言った証拠なんて無いんだよ。ちゃんと「辞める」と発言したところを撮影しておかないと。甘過ぎるよ。これからは国会にもビデオ判定を導入していかないと。原口なんて、内閣不信任案提出前日と当日の発言の変化を、精神崩壊するまで永久リピート放映しないとダメだよ。まあ某国首相は証拠ビデオを流したところで「落雷の影響で音声が乱れた。」とか平気でごまかしそうだけど。